両親や祖先

1. 父方

父:吉武功(いさお)
大正7年8月12日生まれ
死亡:平成15年12月3日午前10時31分 福岡市南区の九州中央病院にて

功の父:吉武延三郎
功の母:吉武小延
朝鮮の京城(現ソウル)で生まれ暮らしていた。

吉武小延は吉武延三郎の後妻。吉武延三郎の先妻は「吉武なお」。
吉武延三郎と「吉武なお」との子が長男の吉武胖(ゆたか)。
吉武胖の子は吉武紀道。吉武春光の従兄弟にあたる。Tel. 090-9655-9747 092-926-0698
長男は九大医学部卒の医師だったが、戦死した。
3男は幼少時に死んだそうだ。
共に遺影が大宰府の仏壇に飾ってある。

吉武功は二男として生まれ、朝鮮銀行に勤務していたそうだ。
一時期、兵役についていたそうだ。

終戦に伴い、功の両親を連れて引き揚げてきたそうだ。
福岡の福浜にある伊崎港に上陸したそうだ。

福岡市片粕にあった福岡県工業試験場で水の分析に従事。


祖先は 山中鹿之助(尼子氏の部将)に関係した落ち武者、だったとか。

宗像市の神湊に吉武姓が多い。
神湊の魚屋旅館が親族。

吉武崎二郎、しな
 子:吉武延三郎、吉武春太郎…

吉武春太郎
 子:謹一、亥の助
 
吉武謹一、しげ子
 子:精

吉武亥の助、とみ子
 子:金一、邦彦


お寺は「いんせん寺」隣船寺?? 926-0698

2. 母方

母:吉武勝代(かつよ)
大正11年8月20日生まれ
死亡:平成22年3月2日午前9時8分 筑紫野市の病院にて

勝代の父:津川吉種
勝代の母:津川ハル
田川市後藤寺で長女として生まれた。

二男(弟)は津川敏明。
津川吉種は市会議員に出馬したこともあるそうだ。一晩で投票者が寝返ることを経験したそうだ。
田川市の真ん中に位置する後藤寺駅の傍(たぶん北側)、に住んでいたようだ。
幼少期の記憶としては、部屋の障子付き丸窓から眺めた、川の上の鉄橋に止まっている列車が思い出される。
きっと暗い中で怖かったんだと思う (^_^;;

後藤寺から夏吉に引っ越した。

私は裕福な家庭ではなかったので、小学校時代の最大の楽しみは田川の祖父母宅に遊びに行くことであった。
夏吉で夏に虫を取ったりした思い出が残っている。

津川敏明の奥さんは津川孝子。その子は、津川紀子と津川正志。
津川紀子は結婚していたが旦那さんが病気で死去。
今は、津川正志と一緒に上野焼で有名な福岡県福智町に住んでいる。
津川正志は結婚していない。

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